No.028 昨日までの「当たり前」よ、さようなら!

8月30日の総選挙で、結果がどうなるのかはさすがに分からないが、もし政権交代が実現するとしたら、事の賛否はともかくとして、自分がほぼ生きてきた時代のすべてを主導してきた自民党政権ではなくなることを意味している。
思い起こせば、’55年は私が小学校に入った年だから、物心ついてからというもの(もっともガキの頃は政治なんぞ、からっきし興味の対象外だったが)人生の中でずっと政治の世界の「当たり前」が自民党政治だったことになる。(*短期だったが、厳密には細川非自民連立政権[‘93年8月〜’94年4月]が途中にあったけど)そこがもし変わるとしたら、理由や原因はともかく凄いことには違いない。’

政治の話しから始めてしまったが、ここで言いたいことは、どうやら今とこれからの時代はこのコラムのタイトルとテーマである「Think Change!(変化をどう料理していくか)」と、いかに対峙していくかの時代であることを暗に示唆しているのではないか、とも思う。
昨日までの「当たり前」、すなわち既成の概念、凝り固まった常識、思い込みなどは、一度リセットする勇気をもって、新しい仕組みを考え、組み立て直すことが求められているのではないか。

政治の世界のドロドロは今後も永遠に続くものとしても、次の三点について、昨日までの「当たり前」を覆す何かが劇的に起こることを、希望的な気持ちを込めてお伝えしたい。

1.高速道路の無料化

 

名神高速道路は、1959年瀬田川の橋の建設から工事が始まった。1963年7月15日に栗東〜尼崎間が開通し、大津インターチェンジも開業した。写真は国道161号上に架かる橋の建設工事。当時の関係者はひたすら日本のモータリゼーションの夜明けを純粋に思い描いていたに違いない。写真: 大津歴史博物館

1963年7月、栗東〜尼崎間の名神高速道路開通が日本の高速道路の始まりだ。以来半世紀近く、高速道路とは通行料金(高速代)を払う、つまり有料であることがずっと当たり前のこととして現在に至ってきた。同時に道路特定財源という名の税を車両購入時や燃料給油時にユーザーは負担し、その額や程度が厳密に検証されることなくここまできてしまった。
が、高速道路整備はいいこともあった。それは自動車自体の飛躍的な進化だ。もしこの整備がなければ、国産自動車の世界に冠たる「価格分の品質」はまず生まれてこなかったものと確信する。その意義は決して小さくない。
問題だったのはただの一つ。それを食い物にしてきた道路行政の在り方の一点だ。

そこに今度の民主党のマニフェストは、敢然と切り込んだことになる。政党の思惑としてある種のポピュリズムが介在していることは否めないが、無料化によって単に移動コストが低減されるとか、地域活性化が図れるとかの以前に、自動車の本来の意義や意味を改めて製造者、利用者、行政が知ることになるだろう。
自動車は、もはや高度成長期にあった存在感からの完全な脱却を果たさなければならない時期にきているのだ。(*このことは次の項に譲る)
自動車以外の交通機関に与える影響は計り知れないが、従来までのバランス(当たり前にあった既成概念)が一度崩れることで、各事業者は新しい付加価値を生み出さざるを得ないことになる。変わる、ということはそういうことだ。

得もいいけど、質とアイデアが今後の鍵

2.自動車の行方

SMBCコンサルティングによる2009年のヒット商品番付の横綱はトヨタとホンダのハイブリッド車だそうだ。この時代のキーワードは、「得、質、アイデア」だそうで、ハイブリッド車はそのすべての条件をクリアしているのが理由だという。
ハイブリッド・システムは、トヨタがすでに10年前に確立しており、現在の様々な要因があって完全に陽の目を見たことになる。ここで言いたいことは、そういう車両の機構部分のことではない。自動車の商品性が持つ昨日までの「当たり前」からの変化に注目したいのだ。

新聞によると、今年上半期の各社販売実績は軒並み大幅低下している。輸出の58%減(8社平均)も凄まじいが、国内販売の21%減(同平均)も凄まじい。ただし、前述のハイブリッド車とエコカー減税&補助金対象車の好調で、下半期の数字は大きく改善されると予測している。ただし、この事実上の自動車販促策は期限付きだから一時的な花火ととれないこともない。
一見すると、新しいメカニズムが注目されているようだが、私が思うにユーザー志向の変化とは、もはや「何に乗るか」ではなく「どう乗るか」にシフトされているのではないかということだ。

多くのユーザーの選ぶ基準で分かったことは一定(価格、環境性能、絶大な経済性、スタイル)さえクリアしていればそれでよしという結論に見える。つまり、もはやユーザーは多くの要求を自動車に求めておらず、移動手段として前述の一定条件さえ満たしていれば、ブランドや大きさにこだわることなく満足できる、という裏返しにも見えてならない。

果たして自動車会社は、これからも4年に1度のモデルチェンジを繰り返すのか。燃料はこれからもずっとガソリン、軽油に依存していくのか。各地方のパイパス道路に販売店を置くのか。そして、自社だけのスペシャリティを確立しないまま、同じようなものを造り、従来までの規模を維持し続けていくつもりなのか。

仮に高速道路の無料化が実現した時、間違いなく自動車の存在価値はさらに上がるだろう。一番の心配は移動手段(道具)として自動車が割り切られたとしても、経済発展の象徴から抜け出すことが出来ず、新たな価値を見出せないまま進んでいくことだ。
高速道路無料化は、あくまで新しいインフラ価値創造の第一歩にすぎない。そこからさらにアップデートさせた新しい移動の価値を創造できるのは、自動車会社をおいて他にない、と思う。

2007年の第40回東京モーターショーでコンセプトモデルとして公開したホンダCR-Z。来年2月にはスポーツ・ハイブリッドとして登場させる計画だ。新技術に新しい付加価値を創造することには反対ではないが、化石燃料依存のハイブリッドが台頭していくことに加え、依存しないハイブリッドにも期待したい。

3.出版の構造変化

出版社が窮地に立たされている。我々がそのあおりを食らうことなど、世の中の動きの中ではほんの些細なことで、世間の話題に片隅にのぼったことすらない。一見すれば相変わらず本屋に本はあふれているし、村上春樹の新作はベストセラーだし、お笑い芸人は自分の本が売れたとうそぶいているし、何も問題がないようにも見える。しかしそれは誤解だ。実は本は雑誌も含め劇的にそのボリュームを失っている。いろいろと理由はあるが、ここでは多くを述べない。

私はずっと以前から漠然ではあるが、本とは「欲しい情報を、欲しいだけ、欲しい人に」が理想なのではないかと思ってきた。そこに至る方法は簡単ではないが、少なくても今のやり方では限界がある。出版社の常識にある「取次通し」という、ずっと昔からある極めてアナログな仕組みだ。
これは、簡単に言えば出版社と取次との話し合いで、各書店に見込み部数が取次の手により搬入される。もちろんそれは確定的な数ではないから売れ残りが発生する。それも膨大な量だ。そこに危機感を持った一部出版社は、新たな仕組みとして書店の販売手数料を大きくするかわりに、書店への委託販売制度(書店買い取り制度のアメリカ方式に近い)を画策した。一つの方法であることは評価できる。が、果たしてそれで諸問題がすべて解決するかと言えばノーだ。

もともと本(雑誌)とは、その大きな存在価値は「企画力」だ。自動車同様、数が少ない時代は、もの珍しさや新鮮さで一定以上のニーズを獲得出来た。要するに売れたのである。それが模倣まがいであってもだ。
その了見(カッコよく言えば成功体験)が、どの出版社にも色濃く残っていることは事実。例え売れたものの物真似であっても、結果的に帳尻(販売収支)さえ合えば、それでよしとする考え方である。そこに狂いが生じた。まさに今がそうだ。

 

「本の学校編:書店の未来をデザインする」。本を作る側ではなく、本を売る側の立場から提言した2007年の出版産業シンポジウム記録集だ。本文の中にある某書店経営者の「書店に未来はあるのかじゃなくって、我々が未来を作る。そのために読者を作ることが大事だと思います」という言葉は、出版社に在籍していた者にでさえ考えさせられる真理ではないだろうか。

売れたものを真似ても売れない、売れる確証がない斬新な企画に対応する体力というか勇気というか情熱というものがないから挑戦すら出来ない。これを通常世間では「八方ふさがり」という。
このままでいいとは、どの出版社も思っていないことは事実だろうが策というものが見出せない。冒頭にも書いた「取次通し」という昨日までの「当たり前」が眼前に鎮座し、その殻を前提に模索すれば、それは自分たちがかつて経験したことのないことへの挑戦を意味する。

ということで、出版社に求められていくであろうこれからの条件とは、自らの常識を一度リセットすることから始めるしかない。つまり、今まで思ってきた自分たちの常識から脱却しない限り明日以降はない。
そして今一つ。自動車といっしょだが、従来までの数(自動車であれば台数、本であれば部数)はまず期待出来ない。そういう過酷な状況の中で、新たなアイデアと小部数成立の価値を生み出していかねばならない。
無責任な言い方だが、無頼の私から言わせてもらえれば、最高にエキサイティングな時代になったのではないだろうか。


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